「2人目を産む事にしました」
僕にも出来た!返信より
2003.3.31 南 奈央


この時の一颯君の様子は私も見ていました。
まだ歩くことのできないはずの一颯君が、すごく嬉しそうな顔をして二輪車を押して歩く姿、ビデオがあったらよかった!と後悔しました。
この日の午前中も「あ、一颯君が何か食べてる!」と言って見ると、焼きりんご用にホイルにくるんであったりんごをかじっていたのです。
「りんごの匂いがしたのかしら」と彩子さんは言いましたが、いつもホイルにくるんでりんごを持ってきて焼いて食べているからちゃんと覚えているんですよね。
ほんの一年ほど前にはただ寝ているだけだった一颯君。
周りのお兄ちゃん、お姉ちゃんたちにじっと観察され、遊んでもらいながら、自分もじっと周りを観察してたんですね。
だんだん、ひとりで座れるようになり、ハイハイし、つかまり立ちするようになり、いつ歩く姿が見られるかな、と楽しみにしていました。

実は私は、学生の頃まで子供がすごく苦手で、自分の姪が生まれるまでは小さな子供を「かわいい」と思えなかったのです。
実際に自分の子供が生まれても、結構感情的に叱ってしまったりして自分は子育てに向いていないと思っていました。
「琉介のためには兄弟がいたほうがいいと思うけれど、その義務感だけでもう一人子供をつくるのはよくない。だから二人目はつくらない」と断言していたのです。
でも、去年4月に一颯君、市原有悟君、福武興君の3人が参加するようになり、その成長を日々間近に見ているうちに、生後間もないうちから、このような関係の中で育てることができるなら、自分ももう一人子供を産んでみよう、と思えるようになったのです。
彩子さんも幸代さんもこの一年とても大変だったと思います。
でも、二人が頑張って参加し続けてくれたおかげで、私の現在の妊婦姿があるのです。

これからも皆の「初めてできた」をもっともっと共有できるのを楽しみにしています。


補足資料「僕にも出来た」

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